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ふであと

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徒然なるままに、もの書き。

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第五章 「心の壁、心の闇」_05 

 ――これは夢だ。

 思い出したくもない記憶。
 それでも、自分を構成するものの一つである記憶。
 忘れてしまいたかったそれが、いま、視界を捉えて離さない。
 だからこそ、忘れたかったからこそ、これが現実ではなく夢だとわかるのだ。いや、わかるのではなくて、ただ、夢だと思いたいのかもしれない。


 ボクは人の輪の中にいた。
 その場所はとても孤独で、だけどどうしてもそこに留まりたくて、だからボクは耐えるしかなかった。
 ボクを見る目が痛い。
 ボクを語る言葉が辛い。
 それでも、誰もボクを見ないより、誰もボクを語らないより、ずっとましだった。
 だからボクは人の輪の中にいた。
「おい、カペル。おまえの月印見せてみろよ!」
「ほら、早くしろよ」
「なんだよ、出来ないのかよ」
「だってほら、こいつ新月の民じゃん」
「うわ、やっべ、月印盗られちゃうぞ。みんな、こいつに触るなよ」
 月印が盗めるなら、ボクは盗人になっていたかもしれない。
 でも、ボクにはそんな力は無い。
「そ、そんなことしないよ……」
 怯えながら、震える声を絞り出す。
 そうすると殴られる。蹴られる。
 痛みと一緒に、口の中に生臭い血の味が広がっていく。
 その痛みのせいだろうか。視界が滲んで仕方ない。
 それをぐっとこらえて愛想笑い。
「はは……ははは……」
 周りに浮かぶ冷笑が、身体をあぶる炎に感じられる。
 前からも、横からも、後ろからも。
 身を焼く冷たい炎がボクを苛む。
 それは子供の頃の夢。記憶。
 ボクは人の輪の中にいた。
 消えることのない差別の輪の中に。
 人の輪の中という孤独の中に。


 そこはボクの帰る場所だった。
 身を焼く冷笑から解放され、それでも泣きじゃくっていたボクの頭を優しく撫でてくれた大きな手。
 そんな日には必ず用意されていた暖かなスープと、少し堅いパン。
 日の匂いのするシーツに飛び込むと、隣の部屋から聞こえてくるフルートの音。
 そこはボクの帰る場所だった。
 孤児だったボクが、新月の民であるボクが、唯一安らげる場所。
 だけど、それは突然に終わりを迎えた。
 二人を囲むのは、喪服を着た見知らぬ大人たち。
 彼らの目は、物を見る目でボクを見る。
 そのとき、帰る場所を失ったことをはっきりと自覚した。
 そして、カペルは旅に出た。


 それは北方にある小さな街だった。
 カペルがひとしきり演奏を終えると、まばらながら拍手が聞こえた。
 聞いていた子供たちが駆け寄ってきて、フルートを教えてくれとせがんでくる。子供たちの親が、その様子を笑顔で見つめている。
「ねえ、兄ちゃん、早く教えてよ」
「ボクにも吹けるようになるかなぁ」
「ワタシ、音楽家の月印が欲しかったなぁ……」
 子供たちがそんな会話をしていたので、カペルは何気なく言った。
 不用意だった。
「月印なんて持ってなくても吹けるようになるよ。僕がそうだからね」
「ふーん」
 子供たちの様子は変わらない。
 ただ、周りにいた親の顔からは、表情が消えた。
「さあ、もう帰りましょう」
 さっと割って入った親の一人が、子供たちを無理矢理引き離していく。
 その目からも、感情が消えた。
 もう、怒ったり嘆いたりする気にもなれない。それは、この世界では当たり前の反応なのだから。
 僕は人の輪の外にいた。
 それを受け入れられるだけの諦めも、すでに身体に馴染んでいた。


「――ペル! カペル!!」
 茫漠とした意識を起こすのは女性の声。甘い香りと一緒に肩を揺する知った熱を見つけ、カペルはゆっくりと目を開けた。
「カペル!」
「……アーヤ」
 そういえば前にも同じようなことがあったな。僕が眠っていて、それをアーヤが起こしてくれて……。たしかあれは、封印軍に捕まっていたときだ。あのときはアーヤが僕をシグムントさんと間違えて、それで……。
 夢と現の間にいるように、緩慢な思考が流れていく。
 それを遮ったのは、胸に飛び込んで来たアーヤだった。
 すっかり冷え切っていた身体に彼女の体温が伝わってくる。その感覚に、ぼやけた意識も徐々に覚醒していく。
 近くに潮騒が聞こえていた。
「ほんと、要領わるいんだから」
 アーヤはカペルの胸に顔をうずめたまま、声を震わせながら言った。
 そうだ、波に飲み込まれて流されちゃったんだっけ……。
 よく死なないで済んだな、と他人事のように感じている自分を自覚できれば、次第に生きている実感もわいてくる。
 気負ったわけでもなく、当たり前に出来ると思って、一人で月の鎖を斬りに行った。無事に斬れたからいいものの、もしたどり着く前に津波に襲われていたら?
 封印軍の罠にかかってしまったとしたら?
 ……返す言葉もない。シグムントさんに続いて僕までいなくなったら、誰が月の鎖を斬るんだろうか。
「勝手に無茶しないでよ、バカペル」
 その言葉と、身体に伝わる温もりが、カペルに気づかせる。
 アーヤが心配しているのはそう言うことじゃない。鎖を斬る誰かがいなくなることを心配していたわけではなく、僕が流されたことを心配してくれていたのだ。なんの疑問もなく、カペルにはそう思えた。
 自分の浅はかな疑問を笑いながら、彼女への失礼を詫びる笑みを浮かべてカペルは言った。
「心配かけちゃった?」
 身体を離し、正面にアーヤの顔を覗き込む。
「別に心配なんてしてないんだから」
 そう言いながら、目を潤ませてアーヤが笑う。
 助かって良かった……。
 そんな風に笑ってもらえれば、誰だって素直にそう思えるだろう。カペルは感謝の笑みを返した。
「あー、取り込み中のところ、いいかい」
 誰かの声が聞こえ、カペルは顔を上げた。
 見回せば、解放軍のみんなが自分のことを覗き込んでいる。
「大丈夫そうだね、ぼうや」
 ドミニカさんが苦笑しながら僕を見下ろしている。その隣でルカとロカが両手を挙げて僕の無事を喜んでくれていて、ミルシェさんとソレンスタムさんがいつも通りににこやかに笑っている。ユージンさんも同じで、彼が眼鏡を持ち上げるむこうに、エドアルドが仏頂面を浮かべているのが見えた。
 ああ、そうか……。
 僕は人の輪の中にいる。
 漠然とした理解が身体を満たすのを感じると、カペルはそのきっかけをくれた少女の顔を見た。
 守るべき大切なもの。守るべき大切な人たち。
 シグムントが「何があっても守り抜け」と言ったもの。
 残念ながら、今はまだ、自分は守られる側でしかない。だから、せめて彼らの期待には応えないといけないのかもしれない。自分には、それくらいしかできないのだから。
「とりあえず宿に戻ろうか」
 ドミニカに促され、皆が宿へと足を向ける。
 アーヤが何も言わずに肩を貸してくれた。

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