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ふであと

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徒然なるままに、もの書き。

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第五章 「心の壁、心の闇」_07 

 宿に戻ると、カペルはあふれ出した疲れに抗えず、深い眠りについた。起きたのは深更。腹の虫が鳴き出したから。もう一度眠れそうにもなく、部屋にあったパンを手に取ると、カペルは涼を求めて宿を出た。
 月明かりがザラの街並みをぼんやりと浮かび上がらせている。風が弱いからだろうか、それとも気温が低いからか、昼間はあれだけきつかった潮の香りが、今はそれほどでもない。
 カペルはパンを一かじりすると、潮の香りにひかれて海岸線まで足を伸ばした。
 月の隠れた夜の海は不気味だ。だから、海を見るときくらいはそこにいてくれても構わない。
 月を見上げ、ぼんやりとそんなことを思ったカペルは、月は嫌いなはずなのにそれをどこか憎みきれずにいる自分に気づいた。苦笑を浮かべてはみるものの、悪い気はしない。不思議と肩の力が抜けるのを感じると、手は自然とフルートに伸びた。
 海岸線はゆるく弧を描きながら伸びている。黒く染まった波がゆっくりとそれを洗い、静寂を緩慢にかき回している。
 そこに、カペルは人影を見つけた。
「誰だろう」
 近づいてみると、すぐにそれは女性だとわかった。
 緩くウェーブのかかった髪が月明かりをはらみ、浜風にあおられてたおやかに揺れる。それは神話に出てくる女神のようにも見え、カペルはつかのま見とれてしまった。
 女性の視線は海の向こうに向けられている。
「ミルシェさん……」
 泣いているのだろうか。
 だとしたら、それはたぶんシグムントさんに向けられた涙だ。
 ヴェスプレームの塔からの帰るとき、彼女はカペルの顔を見ようとはしなかった。それを思い出すとかける言葉も見つからず、泣いている女性への接し方もよくわからないから、カペルは近づくことも出来ずに、ただ見とれてその場に立ち尽くしていた。
 そっとしておいた方がいいと思ったのが半分。
 悲しみや怒りをぶつけられたら、どうしていいかわからないからというのが半分。
「見なかったことにしよう……」
 そう思って足を返した直後、カペルは砂に埋もれた木ぎれを踏み抜いて派手な音を立ててしまった。
「いてっ!」
「……カペルくん?」
「は、はい」
 当然、見つかってしまった。仕方ないので振り返る。
 ミルシェの顔にはすでに涙は無く、いつもの微笑が浮かんでいた。
「のぞき? 悪い子ね」
「すいません、悪い子で」
 頭を掻きながら近づく。やはり彼女は笑っている。
「眠れないんですか?」
「そんなことないわよ。ただ、あんなふうに縛られていても、お月様は綺麗だなって、眺めていただけ」
 でも、どこか寂しげな笑顔。
 こういう風に笑える人はきっと強い人だ、とカペルは思う。
「ミルシェさんはすごいですね」
「すごい、そうかしら?」
「すごいです。いつも、そんな笑顔でいられて」
「……わたし、ヴェスプレームから帰るとき、カペルくんの顔が見られなかった。いつも笑顔でいようって、そう決めたのに……。カペルくんが悪いのよ?」
「僕ですか?」
「そう。カペルくんの顔を見てると、どうしても思い出しちゃうから……」
 カペルの顔を指でついと押し返すと、ミルシェは再び海に目を向ける。
「誰だって、大切な人の命は救いたいと願うでしょ? 私もそう。だから、癒しの月印がこの身にあるのを喜んだわ」
 ふわりと浮かぶ月印。こぼれ出す光は誰のものより優しげで、暖かい。
「でもね、あたりまえだけど、ぜんぶ救ってあげることはできないでしょ。だから、いっぱい泣いたのよ。すっごく泣き虫さんなんだから」
「でも、ミルシェさんに救われた命もあるはずだし、救いを待っている人たちもいっぱいいるでしょう? だから、ミルシェさんは笑ってていいんですよ」
 カペルがそう言うと、ミルシェは驚いたようにこちらを見た。その目がまた優しげに笑みを浮かべると、彼女は唐突にカペルを抱きしめた。
「え、ちょ、ミルシェさん?」
「顔だけじゃなくて、言うことまであの人と同じなのね。お姉さん、びっくりしちゃった……。『泣いてちゃダメだ。癒しを待っている人のために笑え。過去を悔やむより、未来を見ろ』って。そんなときまで命令口調で……」
「かっこいいです。ミルシェさんも、シグムントさんも」
 過去を悔やむより、か……。
 自分もまた、過去ばかりを見て生きていたのだろうか。もし、解放軍に出会わなければ、シグムントさんに会わなければ、アーヤに無理矢理外に連れ出されなければ……。
「カペルくんにも同じ言葉をプレゼントしてあげる」
「同じ言葉?」
「過ぎてしまった過去より、未来を見なくちゃ、だぞ」
 先ほど額を突き返したミルシェの人差し指がピンと立てられ、彼女のウインクがそれに並ぶ。
「ありがとうございます」
 過去より、未来。
 ブルガスで、天涯孤独の身である自分に、お姉さんになる、と言ってくれたミルシェ。自分なんかよりはるかに辛いであろう彼女に励まされると、やはり勝てないなという思いが頭をもたげ、カペルは自然と感謝を言葉に出来た。
「さあ、帰りましょう。二人でいるところをアーヤちゃんに見られたらまずいもんね」
「そ、そんなことないですけど……」
 そう言いながら、カペルは後ろに警戒の視線を飛ばす。
「ふふふ。居ないわよ、今はね」
 もう一つウインクを返され、カペルは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
 やっぱりミルシェさんには勝てないや……。





 月の鎖を斬ったからといって、その影響がすぐに消えるわけではない。まだいくらか高い波が岩礁にぶつかって割れるのを眺めながら、エドアルドはザラの港に一人でいた。
『あんたに解放軍のリーダーは務まらない』
 月の鎖を前にして何も出来なかった自分を省みれば、ドミニカに言われたことが耳にこびりついて離れず、それを忘れるためにエドアルドは剣を振る。
 何故俺じゃない。
 何故あいつなんだ。
「くそ……くそ……っ!」
 激痛が走る。
 意識したわけでもないのに発動した月印が、ぼんやりと浮かびあがっていた。鮮血のようだった赤が黒ずみ、闇に溶ける炎となって手の甲を焼き焦がす。耐えきれずに落とした剣が音を立て、エドアルドは手を押さえながらその場にうずくまった。
 耐え難いのは痛みだけじゃない。
 支えを失った心が傾き、終わりの見えない孤独がそれを支配する。
 エドアルドは、闇に浮かぶ月を見上げた。
「シグムント様……」
 そう問いかける声は波濤に飲み込まれ、むなしく漆黒の海に溶けていった。

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