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ふであと

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徒然なるままに、もの書き。

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第六章 「発病」_10 

 弟子入りしてから早一年。
 まずお菓子の味に惚れ、次いで容姿に惚れ、最後に人柄にも惚れてしまったのがエレノアの今だった。
 師匠からは、いまだ名前も覚えてもらえずに「二番弟子!」としか呼んでもらえない有様だが、だからといってそれ以上の行動を起こす勇気もない。未来を思えば、何も変わらないことへの不満と安心が入り交じってしまって何も出来ないのだ。
 いや、そもそも私はお菓子の修行にやってきたのだから、師匠への想いで迷っている場合ではないのだが……。そんな気持ちの迷いは修行の成果にも如実に表れ、だから名前も呼んでもらえないのだろう。
 一度でいいから「おい、エレノア!」と名前を呼んでもらいたい……。
「あの、お会計いいですか?」
「あっ、はい、すいません!」
 お客様を前にぼんやりとしてしまった。また一つ反省。
「僕が出しますよ」
「いえ、そんなの悪いです」
「男の顔を立てると思って。ね、ファイーナさん」
「男の、ですか……。はい、ありがとうございます」
 恋人同士なのだろうか。
 年の頃は自分と同じくらい。付き合いだしたばかりのような初々しさを垣間見せながらも、心のどこかではきちんと繋がっているような、そんな距離感にも見える。
 私もいつか、師匠とそうなれるのだろうか。それでケーキと同じくらい甘い言葉を耳元で囁かれて……。
「あの、おいくらですか? もしもーし?」
「……はっ! すいません」
 会計を済ませた少年はにこりと笑ってケーキを受け取ると、それをファイーナと呼ばれた少女に渡した。そのまま出て行くのかと思って見送っていると、少年が何かを思い出したようにまたケーキを選び出す。
「カペルさん、どうしたんです?」
「いや、アーヤの分も買っておこうと思って。さっき怒らせちゃったからね」
「アーヤさんの……?」
 別の女の子の名前を言われ、カペルと呼ばれた少年の後ろでファイーナが口を尖らせている。恋人というわけではなかったのかな?
「二番弟子!」
「は、はい!」
 後ろからいきなり声をかけられ、エレノアの返事は思わず裏返る。当然聞こえたのだろう、カペルとファイーナがこちらを見て目を丸くしていたが、師匠はお構いなしだった。
「二番弟子よ! おまえは確かフェイエール出身ではなかったか?」
「は、はい。そうですが」
 名前は覚えていないのに、出身地は覚えている。こういうちょっと変なところが師匠のチャームポイントなのだとエレノアは思っていた。
 銀色の短髪に無精髭がよく似合う。たくましい胸板と腕、それに頬に残った傷が、彼が元は傭兵を生業としていたという過去を裏付けるようだった。見た目にはとてもお菓子職人には見えないが、むしろその無駄とも思える筋肉こそがお菓子作りには必要らしい。
「おまえを見込んで、ひとつ頼みがある、二番弟子よ!」
 ただ、大きな声で話す癖だけはなかなか慣れない。思わず身をこわばらせてしまう。
「あの、何でしょう……」
「解放軍がケルンテンに来ているのは知っているな?」」
「はい」
「アーヤ姫をお連れしろ!」
「……はい?」
「よし、後は任せたぞ!」
 単刀直入を通り越して説明不足すぎるのも、いつものことだが慣れはしない。そのまま厨房に戻ろうとする師匠をエレノアは慌てて呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください! あの、どうしてまたアーヤ姫を?」
「明日、今年の新作発表会をやるのは知っているな」
「もちろんです」
「それに合わせてお菓子のコンテストを行うことも当然知っているだろう」
「そのための準備で街中を走り回ってますから……」
 宣伝や参加者の登録など、事務的な仕事はエレノアが一人でやっている。師匠と姉弟子さんは毎日の菓子制作と新作の準備で忙しいからだが、自分も厨房に入れてもらいたいという思いは消えるはずもない。お菓子の修行という意味でも、師匠のそばにいられるという意味でも……。
「そこでだ。そのコンテストの審査員としてアーヤ姫をお迎えしたいのだ」
「アーヤ姫を?」
「姫は無類の甘党としても知られている。フェイエールへも俺のケーキを何度か届けたことがあるからな。審査員をやっていただき、コンテストの場で俺の新作を食べていただく。そうすれば俺の作品たちにも箔がつくというものだ。そうだろう?」
「でも私、フェイエール出身というだけで姫とお会いしたことなんてありませんし」
「うむ、なんとかなる! 行ってこい、二番弟子よ。アーヤ姫をお連れするのだ!」
「あっ」
 肩に手をやられ、目の前でウインクをされ、エレノアは心臓と動きを一拍だけ止められてしまった。その間に師匠は豪快に笑いながら厨房へと消えていった。
「もう、どうしよう……」
 無茶もいいところだ。相手は王族。しかも解放軍として世界を救う旅をしておられるお方だ。一介の平民がお声をかけられる相手ではない。探せば逗留している宿くらいはすぐに見つかるだろうが、そこからが問題だ。
「あの、すいませーん」
「あっ、はい! お会計ですね」
 先ほどのカペルと呼ばれていた少年に再び声をかけられ、慌てて意識を引き戻す。
「いや、そうじゃなくて。アーヤの話が聞こえたんだけど、探してるの?」
「……あの、アーヤ姫のお知り合いか何かですか?」
「解放軍の者です」
「えっ、ほんとに?」
 偶然の巡り合わせに思わず驚いたエレノアだったが、目の前の少年の印象がすぐには解放軍に繋がらない。それでももし彼の言葉が本当ならば、これはチャンスだ。
「……あのアーヤ姫はどこにおいででしょうか。私、探してここにお連れしないといけないんです」
 エレノアがコンテストのあらましを説明すると、カペルは「じゃあ呼んでくるよ」とたいしたことじゃないと言わんばかりに簡単に答えてくれた。
「良いんですか!?」
「うん」
「あ、ありがとうございます!」
 彼が本物であればだが、師匠の頼みをきちんと実行できる。それが嬉しくて、エレノアは思わずカペルの手を握った。
 しかし、感謝を伝える行為のつもりだったはずが、手を握られたカペルはびくりと身体を硬直させた。
「あの、すいません、私、何か失礼を」
「いや、悪寒が少し……」
 そう言ってカペルが振り返ると、入り口のドアが少し開いて誰かがのぞき込んでいるのが見えた。女性のようだ。なんだか視線が怖い。
「……アーヤ、何やってるの?」
「アーヤ姫!?」
「あんたこそ何やってるのよ、こんなところでデレデレしちゃって」
 そう言って入ってきたのは確かにアーヤ姫だ。小さな双子を連れながら、そのトレードマークとも呼べる美しい黒髪を揺らして入ってくる様は、……なんだかご立腹のご様子だ。
「別にデレデレしてないと思うんだけど。お菓子を買いに来ただけだよ」
「ファイーナさんと?」
「ア、アーヤの分も選んでたんだよ、ほんと」
「そう」
 どう見ても険悪なムードは、アーヤ姫とカペルが連れていたファイーナという少女の間で急速に広がっていく。それをなんとか取り繕うと「そうだ、ちょうど良かった!」とカペルが言ったのを機に、エレノアはカペルと二人してアーヤ姫に事情を説明してみた。すると、
「いいわよ、別に」
 あっさり了承してもらえた。
「よろしいんですか!?」
「明日ならまだケルンテンにいるだろうし。それくらいの息抜きは大丈夫でしょ」
「ありがとうございます」
 今日の私はついている。毎朝、街頭に張り出される月占いを今日は見てこなかったが、きっと一番の運勢だったに違いない。頭を下げたまま、エレノアは自分が満面の笑みを浮かべているのを自覚した。
 直後、その後頭部にずしりと重い空気がのしかかる。
 恐る恐る顔を上げると、ファイーナがカペルの手を取っていた。
「じゃあ、私はコンテストに参加してみようかなぁ。お菓子作りも得意なんですよ、私」
「そ、そうなんだ……」
「私、カペルさんのためにがんばります!」
 その勢いにカペルがたじろいでいると、「わ、私もお菓子作りなら負けないわよ」と何故かアーヤ姫が割って入って言った。
「そうなんですか?」
「そうなんです!」
 この意地の張り合いはどう見ても……。
「それではアーヤ姫にも参加してもらいましょうか。いや、それはいい!」
「師匠!」
 後ろからの声に思わず振り返ると、そこには三十がらみの渋い笑顔を浮かべた師匠がいた。
「二番弟子よ、よくやったぞ!」
「あ、ありがとうございます!」
 ともかく、アーヤ姫の協力は取り付けた。
 これできっと……。と思ったのもつかのま、まだ「二番弟子」のままの呼び方に気づいてしまい、エレノアは肩を落とすしかなかった。

 結局、材料を買いに行くと言ってコンテスト参加者二人は帰って行った。これから練習するらしい。師匠も厨房に戻ってしまい、取り残されたカペルが苦笑いを浮かべるのに合わせてエレノアも苦笑を浮かべる。
「エレノアさん、お師匠さんのこと好きなの?」唐突にカペルが言う。
「なななな、何をいきなり」
「見てればわかるよ」
 他人からはそう見えているのだろうか。でも師匠はまったく気づいてないようだとエレノアは思った。ほっとしてはみたものの、それでいいのだろうかとも思う。
「……でも、まだ名前も呼んでもらえなくて。『おい、二番弟子!』ですよ。まあ、そういう人だと言うことはわかってはいるんですが」
「じゃあさ、エレノアさんもコンテストに参加すれば?」
「えっ?」
「それで優勝すれば、きっと師匠も名前を覚えてくれるよ」
「そ、そうなんですか?」
「じゃないかなぁ」
 すっかり考え落ちしていたが、確かに優勝すれば名前を覚えてもらえるかもしれない。これでも一年は修行を積んできたのだ。それに今日の私はついている。これはきっと、神が後押ししてくれた好機なのだ。
 そう考えると目の前の少年が何か神々しい者のようにも見え、エレノアの中にはふつふつとやる気がわき始めていた。
「そ、そっか。そうですよね。やっぱり自分から何か動かないと、何も変わらないですよね」
「そうそう」
「ありがとうございます、カペルさん!」
 やるしかない。
 ここしかない。
 神の意志を伝えてくれた少年の笑顔を仰ぎ、エレノアはお菓子職人としての、そして女としての勝負に出ることを決意したのだった。

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