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ふであと

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徒然なるままに、もの書き。

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第八章「手を取り合って」_11 

 荒涼とした台地を進むと、断続的に響く金属音が耳朶を打った。
 それは月の鎖に近づくにつれ大きくなり、岩盤が円形に抉れた、さながら闘技場といった具合の場所に辿り着くと、理由はすぐに理解できた。
 そこにあった二つの人影。
 待ち構えていたヘルドが「お早いお着きで」と茶化すように不敵に笑うその横に、月の鎖に向かって攻撃を繰り返しているエドアルドの姿があった。自分で月の鎖を斬ろうとしているのだろうか。だが、その攻撃は何度も弾かれ、そのたびに甲高い金属音がこだますだけで、月の鎖には傷一つつかないでいる。
 その音は、ヴィーカの胸を締め付ける。
「ヘルド、治療薬を返してもらいます」ソレンスタムが言った。
「力ずくで、ですか?」
 それをあざ笑い、腰に下げていた革袋を手に取ると、ヘルドはそれを見せつけるように握ってみせた。
「それも良い。だが、あまり無茶な攻撃はすべきではないでしょう。この薬が無事でいられるかどうか……。私は無くなっても構わないのですよ。キリヤに作れたものなど、私に作れぬはずがないのですから」
「だったら何故このようなことを」
「手間が省ける。それだけですよ」
 挑発だ。
 そうわかっていても、ナイフを持つ手に力が入るのを止められない。兄ちゃんのことも、エドアルドのことも、こいつと、こいつの口車に乗せられた自分が元凶なのだから。
 怒りや憎しみに混じって、自責の念が内奥で胎動する。うごめくその感情を静かに見据え、ヴィーカはエドアルドの方へと視線を流した。
 エドアルドがこちらを見遣る。
 赤く燃える双眸がぎらりと光り、それはただ真っ直ぐにカペルを捉えた。あの光に宿るのは、まるで自分の感情の写しだ。肉体を苛むほどの感情の渦がエドアルドを支配しているのが見て取れると、今はまだ、とそれを胸の内にしまって、ヴィーカは再びヘルドへと視線を移した。
 エドアルドがゆらりとこちらに正対し、剣を構える。
「ソレンスタムさん、治療薬を頼みます! わっ、ちょ、待って――」
 エドアルドがカペルに襲いかかった。
 慌てながらもかろうじて攻撃をかわす様は、頼りなげでいるのに、不思議と大丈夫だと思わせるものがある。距離を取ったカペルを視界の端に捉えながら、それが兄貴らしいなと感じたヴィーカは、それでもヘルドから視線をそらさずにいた。
「任せてください。それまで彼のことを頼みますよ」
「で、出来るだけ早くお願いします!」
 ソレンスタムと目配せをしたアーヤがそれを追いかけていくのが見え、次いで彼の視線がこちらへと向けられたのを感じたが、ヴィーカはそれを無視した。
「おい、おまえもあっちを手伝ってやれ」
 そう言うキリヤの声も無視していると、ヘルドがこちらを見てにやりと笑う。
「小汚いネズミが。おまえはもう用済みだ」
「こっちの用はまだ済んでない!」
 叫び、ヴィーカはヘルドに向かって飛び出した。
 手伝ってくれと言ってくれたカペルの思いに、自分の弱さが巻き込んでしまったエドアルドを救うために、いま自分に出来る最善のことをなす。
 そう決めた意志で敵を見据え、繰り出された鎖鎌の分銅を頬をかすめる距離でかわす。引き戻された分銅もかわして突っ込み、そして、直前で急制動をかけて足で大地をかき回した。土煙を煙幕代わりに相手の視界を奪うと、順手に構えていたナイフを逆手に持ち替え、それを胸の高さに構えたまま、ヴィーカはその土煙へと突っ込んだ。
 しかし、その向こうにあったのは余裕の笑みを浮かべるヘルドの顔。ナイフは軽く叩き落とされ、同時に伸ばされた手に首をつかまれてぎりぎりと締め上げられる。
「くっ……」
「用済みだと言っているだろう。それとも、兄弟そろってリバスネイルにでもなるか、ん?」
 ヴィーカを地面に叩きつけると、ヘルドはその胸を踏みながら高笑いを続けた。
 痛みが涙となって視界を滲ませるのは仕方ない。だけど、蔑みの言葉も、目も、気にするな。最善をなすために、怒りも悔しさもねじ伏せて冷静でいろ。
 自分に言い聞かせ、痛みを堪えながら、ヴィーカは一点を見つけ続けていた。
 それはもう手に届く距離にある。
「どうした、答えろ」
 油断しきったヘルドの笑みを見遣り、それがどこか滑稽に思えた瞬間、ヴィーカは精一杯強がって笑ってやった。
「へへ……なめんじゃねえよ!」
 ヘルドの足からするりと抜けだし、猫を思わせるしなやかさで跳ね起きる。即座に手を伸ばし、財布をする要領でヘルドの腰にぶら下がっていた革袋を奪うと、ヴィーカは後ろに飛んだ。
「なっ!」
「油断大敵。おいらは手癖が悪いんだ」
 つばと一緒に口の中の血を吐き出しながら、ヴィーカは不敵に笑い返す。
 自分の攻撃で倒せるような相手じゃないことくらい、すぐにわかる。エドアルドを止める手伝いだって、大して役に立てやしない。おいらに出来ることは、そして、するべきことは、この薬を取り返すことだ。
「ネズミだって追い詰められたら猫に噛みつくもんだぜ。あんまりヴィーカ様を舐めないでもらいたいね」
「くっ……どうやらリバスネイルではなく肉のかたまりになりたいようだな。ならばその願いを叶えてやろう」
 侮蔑の仮面を捨て、怒りをあらわにしたヘルドが鎖鎌を振りかざしてヴィーカに襲いかかる。ヴィーカは慌てて後ろに飛んだが、ヘルドの飛び込んでくる速度がそれを凌駕していた。
 避けきれないか……?
 鎖鎌の刃に引き裂かれる自分の姿が生々しく脳裏を駆けた刹那、ヴィーカの心にあったのは、とにかくこの薬を誰かに託さないと、という思いだけだった。
 その思考が恐怖に代わって駆け抜けた瞬間、ヴィーカの意志とは別に、ヘルドの鎖鎌が激しい金属音と火花を散らして軌道をそらし、空を切った。
「ヘルド、おまえの相手は俺がしてやる」
 キリヤの放った鎖鎌の分銅がヘルドの鎌を打ち落としたのだ。
「おまえ如きが私の相手だと!? 調子に乗るなよ、キリヤ!」
 距離をとったヴィーカの目の前で、ヘルドの月印がその怒りを吸い上げて黒い炎を吹き上げた。それは彼の全身を包み込み、衝撃波をまき散らしながら漆黒の翼と甲冑へと姿を変える。
 それは、ケルンテンで見た兄を、カペルを襲うエドアルドを、写したかのような禍々しい姿だった。
「……ふふふふふ、ふはははは! どうだ、これがリバスネイルの力を制御した者の力だ。よく見ておけ、このワタシの力を!!」
 ヘルドが鎖鎌を一振りすると、大地を裂くような衝撃波がキリヤを襲う。武器を盾にしてそれを防ごうとしたキリヤが吹っ飛び、朦々と立ちこめた土煙の中に消えた。
 限界以上の月の力は、人を異形の姿に変え、同時に理性を奪う。力を得る代わりに技を失うからこそ、そうでない者がリバスネイルと相対することもできるのだ。だが、こいつのリバスネイル化は技を失うことなく力を得るもの……。
 自分を苛むようなエドアルドのそれとは違い、漆黒の炎となってヘルドを包み込んだ暴力の衝動には、理性を残しているからこそ、愉悦の色が混じり合っている。その姿は、巨大な力に酔いしれる狂人そのものだった。
 恐怖に引きつったヴィーカの顔を見遣り、ヘルドは再び侮蔑の仮面を被る。今度はそれを滑稽に思う余裕もなく、ヴィーカはその場で動けずにいた。
「そういえば、兄に合わせてやる約束だったな」
 その様子を嗤い、ふいにヘルドの右手が水平に振り上げられる。月印が怪しく光を放つと、同色の魔方陣が中空に浮かび上がった。規模は小さいが、ケルンテンの空に浮かんだあれと同じだ。
 その魔方陣からぼとりと落ちた黒い影に、ヴィーカは目を、心を奪われる。
 影はゆらりと立ち上がると、背に漆黒の翼をはためかせ、咆哮を上げた。
「再会できて良かったじゃないか。おまえの兄だ」
「に、兄ちゃん……」
 ずっと探してきた兄の姿。ケルンテンでの一瞬の邂逅のあと、ずっとまぶたの裏から消えなかったその姿が、目の前にある。カペルたちと出会ってからのことが脳裏をよぎり、兄が倒れた時からの記憶をたどり、それ以前の記憶も自然に思い出されると、胸がいっぱいになったヴィーカの視界からは兄以外の全てがかき消えた。
 心を捕らわれ、ふらふらとした足取りでヴィーカは兄に近づいていく。
 だが、赤く光る瞳と視線が交錯した瞬間、ヴィーカは絶句することになった。
「えっ……」
 その目に人の感情はなく、あったのは衝動に任せて力をふるおうとする獣の目だけだ。あんな姿になったとしても、ケルンテンで見たその目は兄ちゃんのものだった。それが今は……。
 もはや兄とも呼べぬ異様な姿に、ヘルドと相対したときと同じ恐怖が身をすくませると、走馬燈のように蘇った記憶が流れすぎ、思考を停止させる。
 白く塗りつぶされた思考の中で、ヴィーカは目の前の現実を閉じるように目を瞑った。

 ……これで、終わる。

 避けようにも避けられないと感じた瞬間、頭の中にあったのは、たったそれだけの感慨。
 不思議と楽になった気分に身を任せると、ヴィーカはもうすぐ訪れる終わりを待った。
 兄を助けたいという思いが妄執に変わり、他人を傷つけ、自分を騙し、目の前の現実を否定し続けてきた。どういう形であれ、それが終わると思えた瞬間、心を縛り上げていた呪縛の鎖が崩れ落ちる音をヴィーカは聞いた。
「くっ!」
 直後、白濁する思考を遮るように激しい金属音が耳朶を打ち、嗅ぎなれない薬の匂いが鼻孔をくすぐる。ヴィーカは思わず目を開けると、そこにはさらりと広がる金髪があり、兄の剣を鎖鎌で受け止める背中があった。
「さっさと下がれ、邪魔だ!」
 きつい言葉はまるで気付け薬だ。キリヤの物言いに一瞬の白日夢は立ち消え、手に持つ薬の重みが蘇ると、ヴィーカはエドアルドの姿を目の端に捉えた。そうだ、まだこの薬を誰にも託していない。慌ててヴィーカが後じさると、キリヤと兄が一合二合と刃を交え始める。
「キリヤ、やはりおまえでは私の相手にはちと不足だ。それの相手でもしていればいい。私の相手はやはり……」
 二人のぶつかり合いを楽しげに見つめ、一度ソレンスタムに向けた視線を戻すと、ヘルドがヴィーカを睨んで言った。
「その前に邪魔は排除しておこう」
 月の力をのせた分銅が音を立てて空を切り、衝撃波を伴ってヴィーカに殺到する。
「死ね」
 巻き上げられた土煙がヘルドの姿を隠し、襲い来る分銅が次第に大写しになっていく。ごちゃ混ぜになった感情が身体を拘束し、ヴィーカはただそれが身を引き裂くのを待つしかなかった。
 だが、幸いにもその瞬間は訪れなかった。
 土煙の中で分銅を跳ね上げた、一本の杖。全身を覆うローブのシルエットが見え、その背に光る金色の三日月が、吹き散らされた土煙の中に姿を現す。
「あなたはやりすぎました、ヘルド」
 静かな怒りをたたえ、ソレンスタムが言う。
「ふはははは。やはり、相手はハイネイルでなくては。師よ、この力、試させていただきましょう!」
 喜悦を浮かべたヘルドが答え、襲いかかる。
 爆発した感情がまだ身をすくませていて、薬をその手に握ったまま、ヴィーカはそれらの戦いを呆然と見守ることしかできなかった。

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