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ふであと

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徒然なるままに、もの書き。

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第九章 「追憶」_03 

 ケルンテン王城を中心とした八角形の城壁は、ほぼその形を維持しながら外へ外へと拡張が進められてきた。凍りついた貧しい大地に、少しずつ拡げられていった人間の領域。その年輪である城壁の何層目かを抜ければ、雪に埋もれがちな原野が目の前に広がっている。物見のための塔がいくつか見えるが、それ以外はこれといったものはない。それらを左手に、城壁を右手にぐるりと道を行くと、街に流れ込む運河の姿が遠くに確認できた。そこにようやく、ミルシェの目的の場所が見えてくる。
 そこは墓地だった。
 王族の廟や貴族の墓は城壁の内側にある。そこはケルンテンの一般市民たちが眠る、飾り気のない集合墓地だ。
 うっすらと積もる雪に足跡を残しながら、整然と並ぶ墓標の間をすり抜け、ミルシェはその一つの前で立ち止まった。
 しゃがみ込み、手を握り合わせながら目を瞑る。
 その肩にうっすらと雪が降り積もっていく。強く吹いた風が、それを払っていった。
「パパ、ママ、ただいま」
 墓標に刻まれた父と母の名を見つめ、ミルシェはそっと微笑んだ。
「また、大切な人がいなくなっちゃった」
 持ってきた花束を墓前に添え、死者に語りかけるその声は寂しく、優しい。
 シグムントを追いかけてケルンテンを飛び出してから、どれくらいの時間が経っただろうか。流れたそれに比して、感じるそれは随分と長い。はるか昔のようにも感じる。
 その長い時間に起きた出来事を報告することは、自分の心を整理することでもあった。何も言わぬ両親に語りかけることには慣れている。取り出した傘の下で、ミルシェはゆっくりと、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
 思いつく限りのことを話した。少しだけ軽くなった心を確かめ、墓標に降り積もった雪を払いながら「それじゃあ」と立ち上がったときだった。
「みるしぇ……デスカ?」
 振り返った先には見知った顔の男女がいた。
「おお、ミルシェ、ミルシェじゃないか! 後ろ姿からでもわかるその美貌、君という太陽がいなくなったケルンテンはあまりにも寒くて、それはま――」
「ふりす、少シノ間、沈黙スルコトヲ要求シマス」
「ああ、ハニー。君を妬かせてしまうとは何と罪深いことをしてしまったんだろう。謝って済む問題ではないけれど、許してくれるかい?」
「理解不能。回答ニナッテイマセン」
「セラフィマちゃん。それにフリスくん。お久しぶり」
 クリスタルを連想させる透明な肌。腰まで届く金髪に光を与えるように、ハイネイルであることを示す月輪が背に浮かんでいる。息を呑むような美しさにケルンテンのハイネイル特有の無表情さも相まって、精巧に作られた人形、という見た目の印象は依然と少しも変わらないが、その青い瞳の下に複雑な感情を抱えていることは、数少ない友人だけは理解していた。
 セラフィマ。ケルンテン連邦に仕える錬金術師。その才を買われてハイネイルとなった彼女の側には、護衛でも何でもないはずなのに、いつも一人の男性がいる。
 ケルンテンの軍に籍を置く射手で、セラフィマよりも九つほど年長だったか。常に生やしている無精髭は甘いマスクのおかげで不潔には感じられず、それが年齢相応の渋みを与えていると感じられるのは黙っているときだけ。整った顔立ちも、開けば女性を口説く言葉しか出てこない口のせいで台無しだ。女とあれば年齢問わず見境無しだが、相手が誰であれ紳士の態度を崩さないのは褒めてあげてもいいところかもしれない。ただ、彼がセラフィマ一筋だと言うことは疑いようが無く、ミルシェも幾度となく口説かれたものだが、それはもう彼特有の挨拶のようなものとしか感じられなかった。
 久しぶりに会ったのに、二人の会話は変わらない。それが少し羨ましかった。
「解放軍ヲ追ッテ行ッタト聞キ及ンデイマシタ。帰ッテイタノデスネ」
「ええ」
「そうそう。その解放軍がケルンテンに来てるっていう話を聞いてね。それでハニーが、ここに来ればミルシェに会えるんじゃないか、って言い出したから来てみたら、ドンぴしゃさ。さすがはハニー。君の美しさは運命を司る神の意志さえも支配してしまう」
「因果関係ガ成立シテイマセン。ふりす、貴方ハ其ノ理解ヲ修正スル必要ガアリマス」
「ふふ、変わらないわね。二人とも」
 冷たくあしらうようにしながら、その声音は他の人に向けられるものとはかすかに違う。本人も気づいていないのだろうが、言葉とは裏腹に、セラフィマも悪い気はしていないのだろう。
 変わらないものがここにはある。
 それが失ったものを浮き彫りにさせるは仕方のないことで、かすかに感じる痛みを認めながら、むしろその痛みが無くなることが怖いのだ、とミルシェは自分に言い聞かせた。
「暫クハけるんてんニ滞在スルノデスカ?」
「ええ、解放軍のみんなはハルギータに行ってるから、落ち着いたら追いかけなくちゃだけど。しばらくは宿にいるから、時間が出来たら訪ねてきてね。美味しい紅茶を淹れさせてもらうわ」
「承知シマシタ」
「そいつは嬉しいお誘いだ。君の淹れた紅茶は、花の蜜が嫉妬するほどに甘くて美味しいからね。二人で訪ねさせてもらうよ」
「同行ヲ要請シタ記憶ハ皆無デス」
「ハニー。俺たちは常に一心同体だろう?」
「理解不能。貴方ト私ハ別ノ人間デス。一心同体ナドデハアリマセン」
「君は照れた姿も美しい」
「………」
 さすがに面倒になったのか、セラフィマが黙ってしまう。彼女は表情を変えずにこちらへと視線を向けたが、対応に困って戸惑っているというだけではなく、それが照れ隠しなのだろうということは、ミルシェには何となく理解できた。
「二人で来てね。待ってるから」
「……了解シマシタ」
 無邪気な笑顔を浮かべるフリストフォールを見ていると、こちらの気分も多少は軽くなる。フリストフォールとミルシェが笑う中、セラフィマが表情を変えずにぽつんとそこにいる。昔と変わらないこの空間が懐かしかった。
 しばらくそうして談笑を続けていると、雪が止んでいた。それに気づいたのは、セラフィマとフリストフォールの後ろから、雪を踏む複数の音が近づいてきたからだった。
「セラフィマ、こんなところにいたのか」
 そう声をかけてきたのは、二人の護衛兵を従えたハイネイルだった。
「これはこれはレヴィル閣下。ハニーに何かご用ですか?」
 フリストフォールの言葉には応えず、レヴィルと呼ばれたハイネイルはセラフィマを見て言う。
「城壁の外は危険だ。すぐに屋敷に戻りなさい」
「………ハイ」
「フリストフォール。彼女をこんなところに連れ出すとは関心せんな」
 こんなところ……。それは危険な城壁の外を指す言葉か、それとも、罪人の眠るこの墓の前のことを言っているのか。
 一瞬こちらを覗いたレヴィルの目を見たとき、自分の腹の奥底に眠らせた黒いものが蠢くのをミルシェは感じた。
 ダメだ……。友人であるセラフィマはともかく、ハイネイルの姿を見ればいやでも思い出してしまう。この男は、両親を、ハイネイルだったパパとママを殺した政府の人間。
 沸き立つ衝動を押さえつけるように手を握る。爪が手のひらに突き立つ痛みは忘れられても、この感情は忘れられない。消し去ってくれたのはあの人だけ。自分でさえ嫌いだったこれを受け入れてくれた人は、でも、もういない。
 やはり、この街にはいられない。
「閣下。ここに来たのは彼女の意志ですよ。自分の行動は自分で決められる。彼女はそういう自立した女性だからね」
「…………」
 そう二人が話す間にも、護衛の一人がフリストフォールを遮るようにセラフィマの側に立ち、セラフィマは促されるように歩き始めた。
 フリストフォールに視線をぶつけ合うようにしていたレヴィルも歩き始めると、護衛の向こう側からセラフィマが顔を覗かせた。
「みるしぇ、近日中ニ宿泊先ヲ訪問シマス」
「ええ、待ってるわね」
 仮面の笑顔をセラフィマに返す。会釈の代わりに目を伏せると、レヴィルに促されて彼女は去っていった。
 何も言わずにそれを見送るフリストフォールだったが、彼らの背が見えなくなるまで視線を外すことはなかった。
「あれがレヴィルさん?」
「そう。神童と噂のあったセラフィマを引き取って英才教育を施し、ついにはハイネイルにしちまった我らがケルンテン連邦のお偉いさんさ」
「私、初めてお会いしたけど、あの人ってハイネイル……よね?」
「ん、言葉遣いかい? あの人はカサンドラからの亡命者だから、話し方も普通なのさ」
「へえ……」
 ケルンテンのハイネイルは、どういうわけか他国のそれとは違う独特の言葉遣いをする。それがレヴィルの話し方には聞いて取れず、不思議に思っていたのだがそういうことか。
「国王のいなくなった混乱期にカサンドラを抜けてきたらしいけど、十年前の戦争での功績のおかげでか、それが今じゃ大臣閣下であらせられる。俺たちの恋路にとっては高い壁だよ。二人の愛を強固にするための存在、だけどな」
「フリスくん、相変わらず前向きね」
「本当は臆病なんだけどね。君の前だとついつい強がってしまうのさ」
「一言前の自分の台詞を思い出してから言ってね」
「記憶は君との思い出で常に塗り替えていきたいね。どうだい、あの菓子職人が新作を出したところなんだ。君の淹れた紅茶に添えられるために生まれた傑作、と俺なんかは思っているんだけどね」
「あら、おごってくれるのかしら。でもセラフィマちゃんに悪いわよ」
「なに、セラフィマは俺のことを疑ったりはしないさ。二人の間には、それだけ確かな絆がある。それは君が美しいことと同じくらい確実なことさ」
「ふふふ、妬けちゃうわね。まあいいわ、行きましょう」
 フリストフォールにエスコートされながら、ミルシェは来た道を戻る。後ろを振り返り、「また来るね、パパ、ママ」と両親に告げると、空からはまた雪が降り始めていた。

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