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ふであと

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徒然なるままに、もの書き。

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第九章 「追憶」_08 

 専門用語で埋め尽くされた数枚のパルプ紙と数冊の分厚い本、ビンや器に入れられたいくつかの薬が並べられ、目の前のテーブルはすでにいっぱいだった。
 庵より戻ったキリヤはすぐにスバルに呼ばれ、師であるソレンスタムに伴われて彼女の部屋へとやってきた。
 ここに入ったのはいつ以来だろうか。いや、それを忘れるはずはない。
 探求心から禁忌に手を出そうとし、ハルギータに居られなくなった自分を断罪するのではなく外へと送り出してくれた女皇。それを自分の所為だと謝罪する彼女の顔は今でも覚えている。
 自分を含め、子供に接するときはいつも微笑をたたえていた。一人で居るところを見たとき、どこか遠くを見ながら寂しそうにしていたと感じたこともあった。だからこそ、あのとき初めて見た、身を引き裂かれているような彼女の表情は目に焼き付いていた。
 ハルギータの住人で彼女と接したことのないものはいない。それはキリヤも例外ではなく、小さな頃はスバルに褒められたくて勉強に打ち込んだことを否定は出来なかった。
 他のハルギータの子供と同様、自分も彼女のことが好きだったのだろう。だから、追い出されたことを寂しさのあまり恨んだこともあった。今となってはガキの理屈でしかないとも思えるが、見送りもいないまま、夜のコバスナに足を踏み出したときの不安を思えば、まあそれも仕方ない。
 望んでか望まずか、こうして彼女の役に立てる日がやってきてしまったのだ。今までの恩やら借りやらを、ようやく精算できる。
「試験薬では思っていた通りの効果は得られました。ですが」
「ええ。これを大量生産するとなると……」
 リバスネイル化を抑制する薬の大量生産。月の雨によるリバスネイル化に対応するために必要な措置であり、カペルたちに女皇が約束したことではあるが、必要とされる量を考えれば、障害が出てくるのはむしろこれからだろう。
 思案顔の彼女の横で、スレンスタムが資料を眺めている。
 師匠も一緒にいるのだから、なるようになる、か。
 スバルの思案が固まるのをキリヤは待っていた。衛兵の案内もなく、部屋のドアが開いたのはそんなタイミングだった。
「悪い悪い、遅れてしまった……、おっ、キリヤ、キリヤじゃないか」
「げっ……カリン」
「さま」
「…………さま」
 ハイネイルというのは総じて物静かなものだが、この女だけは別だった。不躾にキリヤの顔を覗き込む彼女は、ハルギータのハイネイルで、名をカリンという。スバルの友人でもある彼女は有名な学者の一人でもあるわけだが、キリヤは昔からこの女が苦手だった。遠慮など知らないといった風にずけずけとものを言い、なまじ頭の良いせいか、その言動は常に核心を突いてくる。かと思えば、こちらが困っているのを見るとからからと笑い、気にするなと言ってくるような調子だから、掴み所のない人、という印象は、久しぶりに会った今も変わらなかった。
「カリン、戻ってきてくれたのですね」
「おまえが私を呼び戻すくらいだ。面倒なことになってるんだろう?」
 スバルにそう答えながらキリヤとの間に入ってきたカリンは、資料よりもまずは、とキリヤの顔を間近で覗き込む。
「おーおー、なんだい、あの小生意気なガキがいい男になったじゃないか。そうか、緩和剤の開発者ってのはおまえだったのか」
「……どーも」
「相変わらず無愛想だねぇ。まあいい。おっ、それが資料かい? どれどれ……」
 やはり苦手だと再確認したキリヤをよそに、彼女の視線は資料へ向けられていた。すでに学者の目に変わった彼女の口から「月の力を抑える薬ねぇ」と言葉が漏れる。
「……随分やっかいなものを作ったもんだ」
「リバスネイル化の危険に気づけばとうぜ――」
「いや、そっちじゃない。こっちだ」
 彼女が指さしたのは、パルプ紙に一枚だけ混じっていた羊皮紙だった。
 それは、ヘルドが書いたものだった。
 キリヤが作った緩和剤とは真逆の、月の力を高めるための薬の製造法。粉末状のその薬の実物もテーブルの上にある。
 ヘルドが身に帯びていたものの中にそれはあった。わざわざ持ち歩いていた理由はわからないが、師はそれを託されたものと受け取ったようだった。
 抑制剤の効能を高めるためには、対になるそれは必要だったものだ。ヘルドが試験薬を狙った理由も、キリヤのそれとは逆だが、同じだ。
 それを、託された、と感じるほどには感傷的になれないキリヤだったが、無駄にするほど馬鹿でもない。手に入ったものは利用するまでだ。
 そのヘルドの書いたものを、カリンは一目見て理解した。
「まあそれはいい。だがこれだと」
「はい。シルバー鋼が足りません」
 そうだ。スバルの答えたとおり、ハルギータの住民のための分だけを考えたとしても、精算には相当な量のシルバー鋼が必要になる。ハルギータではそれは採れず、備蓄量も多くないはずだ。
「となると、ケルンテンの協力が必要になるな。シルバー鋼の産地はケルンテン領に集中している」
「ええ」
「だが、あの戦争以来、政府間の交渉なんてほとんど無いだろう。あっちからしてみたら、切り取った領土を奪われた相手だからな。まあそのカサンドラ領も今じゃ封印軍のものになってしまったが」
「私から親書を送ろうと思います」
「雪獣王が受け取るかな?」
「それは……。では私が直接参りましょう」
「それはダメだ。元首が直接行って助力を請うのでは、ハルギータがケルンテンの下風に立つことになる」
「そんなことを言っている場合ではないでしょう。それに、月の雨がはケルンテンの方がよく降ります」
「まだそんなことを言っている場合だよ。直接の被害はほとんで出てない。おまえが行くのは最後の手でいい」
「…………」
 国家の体面というものがある。それはキリヤにもわかったが、同時にくだらないものだとも思った。おそらくスバルもカリンも同様に感じているのだろうが、くだらないからと軽々に動けるような立場でもないのだ。
「……正門が閉ざされているなら搦め手からいけばいい。知っているハイネイルがいる。気にくわないやつだが、そいつに協力させて接見の場を作らせよう。使者はシグムントたちなんだろ?」
「はい。彼らが一番状況を理解していますから」
「よし。じゃあ紙とペンを借りるよ」
 カリンはスバルの机から紙とペンを取り出し、すぐに手紙を書き始めた。
「女皇陛下」
「ソレンスタム殿。どうかされましたか?」
「私は一度ブルガスに戻ろうかと思います。蒼竜王にもこの事態を知っていただき、協力をしていただいた方がよろしいでしょう」
「お願いできますか」
「ええ」
 あののろまな国王には早めに状況を理解させておいた方がいいだろう。ソレンスタムの方を見遣り、そういえばブルガスに行くのも久しぶりだな、と当然師匠について行くものと思っていたキリヤだったが、
「キリヤー、おまえは私の手伝いだからなー」
 考えを読んだかのように、カリンに先回りされてしまう。
「……嫌だね、俺があんたの手伝いをするなんて」
「キリヤ、あなたはカリン殿を手伝いなさい」
「し、師匠」
「私からもお願いします」
 スバルにまで頭を下げられては断れるはずもない。一つ大きくため息をついたキリヤは、やり場を無くした視線を資料の山に落としながら言った。
「馬鹿共のお守りはこれっきりにしてくださいよ」
 師と女皇が苦笑している気配がしたが、それには気づかないふりをするために、キリヤは資料にもう一度目を通し始めていた。

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