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ふであと

  : 

徒然なるままに、もの書き。

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第九章 「追憶」_05 

 謁見の終わり間際にスバルに呼ばれたカペルは、言われたとおりに彼女の部屋へと向かう階段を上っていた。何故か呼ばれもしないアーヤが着いてきてはいるが、彼女が隣にいることを不思議に思うこともなくなっているほど、それは当たり前のことになりつつある。
「何だろうね、ドキドキ……」
「あんた、女だったら誰でも良いわけ?」
 アーヤに呆れられながら階段を上り続けると、衛兵を両脇に抱えた扉が見えてくる。女皇の自室、と言うにはいささか質素にも感じるその前に立つと、浮ついた気持ちよりも、シグムントのことを話さねばならないという思いが強くなってきた。ぐっとその気分を呑み込み、シグムントさんもここに来たことがあるのだろうか、と考えていると、それを見透かしたのだろうか、アーヤが腕をくいと引っ張って言った。
「私はここで待ってるから頑張ってきなさい。シグムント様のことはどうせバレることだし、っていうかもうバレてるかもしれないしね。カペルはカペルなんだし、やれる範囲で頑張ってるじゃない。スバル様だってわかってくださるわ」
「アーヤ……」
 それは意識してではないのだろう。他人の心に差し込んだ影を自然と感じ、それを払う振る舞いもまた自然と出来る。彼女のそういう所は自分などには無いもので、だからこそ大切だと思えるのだ。
「それより、変なことしないでよ」
「さ、さすがにしないよ。相手は女皇様だよ?」
「どーだか……」
 ぷいと子供のように横を向いた彼女の顔を見つめ、苦笑していると部屋の内側から「入りなさい」という女皇の声が聞こえてきた。
「はい」
 いくらか軽くなった気分でドアを押し開ける。そこにはハルギータの女皇、スバルがいた。

「こちらへ」
「は、はい」
「どうしたのです? そのように緊張して、貴方らしくもない」
 アーヤにほぐしてもらった緊張も、一人になればすぐにぶり返してくる。自分には一生縁の無いであろう品の良い調度品の数々が目に入り、そこに何一つ違和感なくあるスバルの姿を認めれば、慣れない場所という理解が先行し、身体が正直に反応してしまった。
 シグムントらしくない。それはそうだろう。シグムントさんは、どんな場所でもシグムントさんであっただろうと思う。
「ふふふ、冗談です」
「……え、冗談?」
「掛けなさい。立ったままもないでしょう」
 何が冗談かもわからず、促されるままスバルの隣に畏まって座ると、腿に置いた手にスバルが触れてきて、カペルにはもう何が何だかわからなくなってしまっていた。
「そんな積極的な……!」
「心の素直な子。嘘がつけないのですね」
「……えーと?」
(何かおかしなことしたっけ……)
 少女のそれと変わらない、柔らかな手。老化の止まったその身体と、長い歳月によって醸成されたのであろう女皇の空気との差異に、カペルは戸惑うばかりだ。
「私たちは親子も同じ。恥ずかしがることもないでしょう」
「え、あ……その」
(なんだろう……暖かいのに、なんだか悲しい)
 何かが通じ合う感触。触れ合った手を通して伝わってくる不思議な感触が、少しくすぐったくて、少し怖い。
「少し、心に触れました」
 手が離されるとその感触が消え、スバルの言葉が、それが心の触れ合う感触だと教えてくれる。それもまたハイネイルの力なのだろうか。
「カペルというのですか、貴方は?」
「えっ」
「私はあの子の母代わりだったのですよ? 姿形がいくら似てようと、決して欺けません」
「……やっぱりわかっちゃいますよね」
 思えば最初の対面から気づかれていたのかもしれない。シグムント様に向けられていたというよりも、自分自身に向けられていたような、その視線や言葉。
 幼なじみのトウマが気づいていたのだから、母代わりだというスバル女皇が気づいていても不思議ではない。どだい、僕とシグムントさんでは違いすぎるのだ。上手く演じられてるとも思えないのだから、近しい人たちを騙せるわけがない。
「謀っているかとも思いましたが、貴方の心にやましいものはありませんでした。それに、ユージンやあの子の仲間たちが一緒なのですから」
「……単に小心なだけです」
「よいのです。貴方は貴方ですよ」
 まるで我が子に語りかけるように彼女が言う。不思議なほどに素直に聞けるその響きは、どこか懐かしくも感じるのだった。
「語らずとも、あらましはわかりました。あの子は、シグムントは勇敢であったようですね」
「はい」
「……どこか悟ったところのある子でした。戦いに出したときから覚悟はしていたはずなのに……。思ったよりも堪えますね」
「悲しくて当たり前ですよ。大事な人を失ったら悲しいと感じる。当然のことだと思います」
「……そうですね」
 寂しげな微笑。忘れられそうにもない。
「カペル」
「は、はい」
「貴方は死んではなりませんよ」
 偽善でも憐憫でもない。ただただどこまでも優しいその言葉の重さに、カペルはわずかに震える。
 死ねない。
 死ねるはずがない。
 スバルの言葉に引かれて思い出された、アーヤやエドアルドたちの笑った顔、シグムントの背中。助けたり助けられたりしながら、絡み合ってしまった歩む道を、僕一人が勝手に終わらせるわけにはいかないのだ。それは本能的な死にたくないという思いとは別の何か。一人で旅をしていた頃に忘れていたものの一つ。
 皆に力が及ばない自覚はある。それでも僕は……
「出来るだけ約束します。なるべく鎖は全部壊して、そして、生きて戻ってきたいと思います。僕を信じてくれますか?」
 約束を信じてくれる人がいれば、僕はそれを守るために、少しだけがんばれる気がする。
 その思いを告げたカペルだったが、不意にスバルの目に涙が溢れてきたことに気づいて慌ててしまった。
「あ、えっ、女皇陛下!?」
「……こんなに違うのに、同じなのですね」
「へっ?」
「信じます。何度でも、何度でも……。貴方を信じて待ちましょう。ですから、必ず生きて戻りなさい」
「努力します」
 そう答えたカペルににこりと笑うと、スバルが立ち上がる。満ち足りた心を抱いて彼女に従い、カペルは部屋のドアを開けた。
「あっ」
 そこにはアーヤが待っていた。その彼女を見て、スバルが微笑む。
「この子のこと、頼みましたよ」
「え……、あ、はい!」
 何のことかいまいち把握できてないといったアーヤとともに頭を下げると、カペルは階段を下りていく。
「何を言われたの?」
「……全部バレてたよ」
 いっそ清々しささえ感じるカペルとは逆に、アーヤは頭を抱えながら言った。
「やっぱりそうよね。……はあ、この先が心配だわ」
「まあ、何とかなるんじゃない?」
「……もう」

 階段を下りていくカペルたちを見送りながら、スバルはシグムントの言葉を思い出していた。
「約束する。鎖は全て破壊して、生きて戻ってくる。必ずだ。信じてくれるか、私を」
 そう言って旅立ち、あの子は帰ってこなかった。領民はすべて子供のようなものだったが、やはりシグムントは特別な存在だった。
 あの選択は、果たして正しかったのだろうか。
 問うても答えなど無く、答えが見つかったとしても今更何が出来るでもない。
 スバルは無理にでも笑みを作る。悔いていてはあの子に笑われる。今はあの子が未来を託した少年の無事を祈ろう。
 それにしても――
「……不思議な子。シグムントに似ているというより、むしろ――」
 その先の言葉をスバルは思わず呑み込んだ。
「まさか……いや、あれほど似ているのなら……。カペル、あの時の子だというのですか?」

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第九章 「追憶」_04 

 謁見の間は二度目と行っても、やはり慣れない場所であることには変わりない。玉座にあるスバル陛下は前と同じ優しげな微笑をたたえてはいるが、周りに居並ぶ重臣たちからも、前と同じトゲのある視線がカペルに向けられているのだった。
「……というわけで、鎖の台地にあった月の鎖は解放されました」
「よく無事に戻りました。仲間の病気も無事に快復したようですね。なによりです」
「ありがとうございます、陛下」
「貴方たちの働きによって、ハルギータの暗雲は全て払われました。英雄の名に恥じぬ働き、私も誇りに思います」
「いやあ、それほどで……いて」
 周りにばれないようにこっそりとカペルの足を踏み抜きながら「地、地がでてるわよ」とアーヤが言う。そう、この場ではシグムントを演じなければならないのだ。
「あー、えっと、こ、光栄です」
「此度の働き、我が国にとって特別な意義を持っています。月の鎖が一掃されたことにより、封印軍の動きを牽制できたことは間違いないでしょう。働きに報いるにはそれ相応のものでなければなりません。シグムント、貴方たち一行が望むのであれば、私の出来る範囲であらゆる願いを叶えましょう。何か望みはありますか? 何でも良いのですよ?」
「な、なんでも……」
 と言いかけた側から、今度は脇腹を小突かれた。周りにばれないように僕を攻撃することにかけては、アーヤに勝てる人はいないだろう。
「あんた見境ないの!?」
 そう言われてしまっては否定も出来ず、言葉を飲み込んだカペルだったが、急に願いと言われても思いつきはしなかった。それで後ろに控えていた仲間たちに視線を送ったが、彼らも彼らで急には思いつかないようだ。それとも女皇陛下の提案と言うことで遠慮しているのだろうか。
「ねえ、カペル」
 アーヤが言った。彼女の目は下を向くヴィーカに向けられている。
「女皇陛下にリバスネイルのことを公表してもらったらどうかしら。月の雨が危険なことを、まずはハルギータの人たちに知ってもらいましょうよ。そうすれば」
「……うん、そうだね。それがいいかも」
 ヴィーカが望んでいるのは、兄のようなリバスネイル化の被害者をこれ以上出さないことだろう。それは皆の共通の願いでもある。
 アーヤの向こうにいたエドアルドも頷いて同意してくれた。
 カペルはスバルにもう一度正対すると、一つ咳払いをしてから一歩前に出た。
「陛下、一つお願いがあります」
「遠慮は要りません。何でも言いなさい」
「今、この国やケルンテン、コバスナ大森林に降っている月の雨のことはご存じでしょうか」
「ええ、知っています」
「月印にとっては滋養となる月の雨。皆がそれを吉事であると感じていることは当然のことではありますが、我々は、此度の戦いで一つの事実を知りました」
「それは?」
「月の雨は毒にもなる。増幅された月の力が肉体を蝕み、それが原因で死に至る者もあれば、力の暴走に取り込まれ、リバスネイルと呼ぶ化け物になってしまう者もいる。月印を持ち、月の雨の恩恵を受ける全てのコモネイルは、その危険と隣り合わせにあるのです」
「月の雨が……毒?」
「はい。このことを女皇陛下から公表してはいただけませんか? 月の雨が危険な物だと知らしめねば、全ての人が危険にさらされます」
 スバルは思案顔でカペルの提案を聞いてくれていたが、彼女が答えるよりも前に、隣にいた大臣の一人が前に出て言った。
「公表は無用である」と。
「なっ……!」
「混乱を招くだけだ」と続けたその男に同意して、別の大臣も言う。
「我らだけが知っておれば、国務に支障はない。何より、そのような話、俄に信じられるか」
 国政の実務をつかさどるのは彼らだ。スバル女皇の治世が長く続いたのは、絶対的な君主でありながら、その決定を衆議によって決めてきたことにある。いくら女皇といえど大臣たちが否決した案件を押し通すことはいけないのだろう。ぐっと言葉を呑んだスバル女皇の顔を見、支障がないはずがないだろうという言葉を、カペルもまた呑み込んだ。
 こんな簡単なことでさえ障害があるのなら、どうやって止めればいい? 皆がリバスネイルによる被害を受けている横を見て見ぬ振りして進み、一刻も早く月の鎖をすべて解放してしまえばいいのだろうか。月の鎖と月の雨の因果関係もまだ不確かなことの方が多いというのに、それで多くの人が救われるのか?
 自然、重い空気が謁見の間を包み込む。それを払ったのは後ろからずいと出てきたキリヤの言葉だった。
 慌てる大臣を尻目に、彼はスバルの御前にて一礼する。
「陛下、お久しぶりです」
「発現の権利の無いものは下がれ!」
 何とか威厳を取り繕った大臣がキリヤにそう命じたが、彼はいつも以上に鋭い眼光をその大臣に浴びせ返した。
「バカは黙れ」
「バ……、な、何を不遜な」
 眼光と言動に怯んだ大臣が、倒れなかったのが不思議なくらいに後じさった。それを横目にもう一度礼をしたキリヤにスバルが言った。
「キリヤ……、元気そうでなによりです」
「陛下。陛下は月印に振り回される人間をまた見たいのですか?」
「…………」
 はっとしたスバルの顔に、痛みにも似た表情が浮かぶ。
 また?
 またとは何だ。以前にも月印に振り回される人間がここにいたということなのだろうか。スバル女皇の反応から考えれば、リバスネイル化とは別の何か。僕の知らない月印の裏側が、まだある。
 月印。
 人に恵みを与えながら、人に災いを与えもする、月の力。
 この力は、何なんだ……。
 世界は確かに便利になり、それによって得るものは多い。だけど、生じた歪みが封印軍の存在やリバスネイルだというのなら、それがいくつかの真っ当なはずの人生を狂わせたのだとしたら、それは許されることなのだろうか。
 新月の民としての時間が、月印の力に魅せられて死んでいった封印騎士の姿が、答えの見えない問いを投じてくる。
「……わかりました。では、月の雨に毒性があるということだけを公表しましょう」
「陛下、それだけでは」
 足りない。リバスネイルの危険性を見てきたカペルにとってはそう思えた。
「リバスネイル化に関しては伏せておきます。対応策無きまま公表することは、要らぬ混乱を招くだけです。疑心暗鬼という病もまた怖いもの。悪ければ、リバスネイル化を恐れた者たちによって、病気になった者が襲われることもありえます」
「そんな大げさな……」
「不十分な情報もまた毒となりえましょう。招かれるであろう混乱は、それだけ恐ろしいものでもあります」
「…………」
「その代わり、緩和剤の量産態勢をこちらで整えましょう。十分な薬を確保してから事実を公表しても遅くはないでしょう」
 確かに、対策も無しに公表するのは危険だった。やはりスバル陛下は聡明だ。四百年の統治も理由のないものではないと、カペルには思えた。
「陛下、ありがとうございます」
「キリヤ、緩和剤の材料、および製造法を提出なさい」
「謹んで。しかし、それには一度庵に戻らねばなりません。製造法は記憶していますが、試料が手元にはない」
「では護衛をつけましょう。あなたが戻り次第、生産にかからせます」
 その会話の腰を折るように、大臣が進み出てきた。
「しかし陛下。薬の量産など益の薄いことに割くものは……」
「控えなさい。決定は伝えました」
「……はっ」
 一喝された大臣が下がると、謁見の時間は終わりを迎えた。

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第九章 「追憶」_03 

 ケルンテン王城を中心とした八角形の城壁は、ほぼその形を維持しながら外へ外へと拡張が進められてきた。凍りついた貧しい大地に、少しずつ拡げられていった人間の領域。その年輪である城壁の何層目かを抜ければ、雪に埋もれがちな原野が目の前に広がっている。物見のための塔がいくつか見えるが、それ以外はこれといったものはない。それらを左手に、城壁を右手にぐるりと道を行くと、街に流れ込む運河の姿が遠くに確認できた。そこにようやく、ミルシェの目的の場所が見えてくる。
 そこは墓地だった。
 王族の廟や貴族の墓は城壁の内側にある。そこはケルンテンの一般市民たちが眠る、飾り気のない集合墓地だ。
 うっすらと積もる雪に足跡を残しながら、整然と並ぶ墓標の間をすり抜け、ミルシェはその一つの前で立ち止まった。
 しゃがみ込み、手を握り合わせながら目を瞑る。
 その肩にうっすらと雪が降り積もっていく。強く吹いた風が、それを払っていった。
「パパ、ママ、ただいま」
 墓標に刻まれた父と母の名を見つめ、ミルシェはそっと微笑んだ。
「また、大切な人がいなくなっちゃった」
 持ってきた花束を墓前に添え、死者に語りかけるその声は寂しく、優しい。
 シグムントを追いかけてケルンテンを飛び出してから、どれくらいの時間が経っただろうか。流れたそれに比して、感じるそれは随分と長い。はるか昔のようにも感じる。
 その長い時間に起きた出来事を報告することは、自分の心を整理することでもあった。何も言わぬ両親に語りかけることには慣れている。取り出した傘の下で、ミルシェはゆっくりと、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
 思いつく限りのことを話した。少しだけ軽くなった心を確かめ、墓標に降り積もった雪を払いながら「それじゃあ」と立ち上がったときだった。
「みるしぇ……デスカ?」
 振り返った先には見知った顔の男女がいた。
「おお、ミルシェ、ミルシェじゃないか! 後ろ姿からでもわかるその美貌、君という太陽がいなくなったケルンテンはあまりにも寒くて、それはま――」
「ふりす、少シノ間、沈黙スルコトヲ要求シマス」
「ああ、ハニー。君を妬かせてしまうとは何と罪深いことをしてしまったんだろう。謝って済む問題ではないけれど、許してくれるかい?」
「理解不能。回答ニナッテイマセン」
「セラフィマちゃん。それにフリスくん。お久しぶり」
 クリスタルを連想させる透明な肌。腰まで届く金髪に光を与えるように、ハイネイルであることを示す月輪が背に浮かんでいる。息を呑むような美しさにケルンテンのハイネイル特有の無表情さも相まって、精巧に作られた人形、という見た目の印象は依然と少しも変わらないが、その青い瞳の下に複雑な感情を抱えていることは、数少ない友人だけは理解していた。
 セラフィマ。ケルンテン連邦に仕える錬金術師。その才を買われてハイネイルとなった彼女の側には、護衛でも何でもないはずなのに、いつも一人の男性がいる。
 ケルンテンの軍に籍を置く射手で、セラフィマよりも九つほど年長だったか。常に生やしている無精髭は甘いマスクのおかげで不潔には感じられず、それが年齢相応の渋みを与えていると感じられるのは黙っているときだけ。整った顔立ちも、開けば女性を口説く言葉しか出てこない口のせいで台無しだ。女とあれば年齢問わず見境無しだが、相手が誰であれ紳士の態度を崩さないのは褒めてあげてもいいところかもしれない。ただ、彼がセラフィマ一筋だと言うことは疑いようが無く、ミルシェも幾度となく口説かれたものだが、それはもう彼特有の挨拶のようなものとしか感じられなかった。
 久しぶりに会ったのに、二人の会話は変わらない。それが少し羨ましかった。
「解放軍ヲ追ッテ行ッタト聞キ及ンデイマシタ。帰ッテイタノデスネ」
「ええ」
「そうそう。その解放軍がケルンテンに来てるっていう話を聞いてね。それでハニーが、ここに来ればミルシェに会えるんじゃないか、って言い出したから来てみたら、ドンぴしゃさ。さすがはハニー。君の美しさは運命を司る神の意志さえも支配してしまう」
「因果関係ガ成立シテイマセン。ふりす、貴方ハ其ノ理解ヲ修正スル必要ガアリマス」
「ふふ、変わらないわね。二人とも」
 冷たくあしらうようにしながら、その声音は他の人に向けられるものとはかすかに違う。本人も気づいていないのだろうが、言葉とは裏腹に、セラフィマも悪い気はしていないのだろう。
 変わらないものがここにはある。
 それが失ったものを浮き彫りにさせるは仕方のないことで、かすかに感じる痛みを認めながら、むしろその痛みが無くなることが怖いのだ、とミルシェは自分に言い聞かせた。
「暫クハけるんてんニ滞在スルノデスカ?」
「ええ、解放軍のみんなはハルギータに行ってるから、落ち着いたら追いかけなくちゃだけど。しばらくは宿にいるから、時間が出来たら訪ねてきてね。美味しい紅茶を淹れさせてもらうわ」
「承知シマシタ」
「そいつは嬉しいお誘いだ。君の淹れた紅茶は、花の蜜が嫉妬するほどに甘くて美味しいからね。二人で訪ねさせてもらうよ」
「同行ヲ要請シタ記憶ハ皆無デス」
「ハニー。俺たちは常に一心同体だろう?」
「理解不能。貴方ト私ハ別ノ人間デス。一心同体ナドデハアリマセン」
「君は照れた姿も美しい」
「………」
 さすがに面倒になったのか、セラフィマが黙ってしまう。彼女は表情を変えずにこちらへと視線を向けたが、対応に困って戸惑っているというだけではなく、それが照れ隠しなのだろうということは、ミルシェには何となく理解できた。
「二人で来てね。待ってるから」
「……了解シマシタ」
 無邪気な笑顔を浮かべるフリストフォールを見ていると、こちらの気分も多少は軽くなる。フリストフォールとミルシェが笑う中、セラフィマが表情を変えずにぽつんとそこにいる。昔と変わらないこの空間が懐かしかった。
 しばらくそうして談笑を続けていると、雪が止んでいた。それに気づいたのは、セラフィマとフリストフォールの後ろから、雪を踏む複数の音が近づいてきたからだった。
「セラフィマ、こんなところにいたのか」
 そう声をかけてきたのは、二人の護衛兵を従えたハイネイルだった。
「これはこれはレヴィル閣下。ハニーに何かご用ですか?」
 フリストフォールの言葉には応えず、レヴィルと呼ばれたハイネイルはセラフィマを見て言う。
「城壁の外は危険だ。すぐに屋敷に戻りなさい」
「………ハイ」
「フリストフォール。彼女をこんなところに連れ出すとは関心せんな」
 こんなところ……。それは危険な城壁の外を指す言葉か、それとも、罪人の眠るこの墓の前のことを言っているのか。
 一瞬こちらを覗いたレヴィルの目を見たとき、自分の腹の奥底に眠らせた黒いものが蠢くのをミルシェは感じた。
 ダメだ……。友人であるセラフィマはともかく、ハイネイルの姿を見ればいやでも思い出してしまう。この男は、両親を、ハイネイルだったパパとママを殺した政府の人間。
 沸き立つ衝動を押さえつけるように手を握る。爪が手のひらに突き立つ痛みは忘れられても、この感情は忘れられない。消し去ってくれたのはあの人だけ。自分でさえ嫌いだったこれを受け入れてくれた人は、でも、もういない。
 やはり、この街にはいられない。
「閣下。ここに来たのは彼女の意志ですよ。自分の行動は自分で決められる。彼女はそういう自立した女性だからね」
「…………」
 そう二人が話す間にも、護衛の一人がフリストフォールを遮るようにセラフィマの側に立ち、セラフィマは促されるように歩き始めた。
 フリストフォールに視線をぶつけ合うようにしていたレヴィルも歩き始めると、護衛の向こう側からセラフィマが顔を覗かせた。
「みるしぇ、近日中ニ宿泊先ヲ訪問シマス」
「ええ、待ってるわね」
 仮面の笑顔をセラフィマに返す。会釈の代わりに目を伏せると、レヴィルに促されて彼女は去っていった。
 何も言わずにそれを見送るフリストフォールだったが、彼らの背が見えなくなるまで視線を外すことはなかった。
「あれがレヴィルさん?」
「そう。神童と噂のあったセラフィマを引き取って英才教育を施し、ついにはハイネイルにしちまった我らがケルンテン連邦のお偉いさんさ」
「私、初めてお会いしたけど、あの人ってハイネイル……よね?」
「ん、言葉遣いかい? あの人はカサンドラからの亡命者だから、話し方も普通なのさ」
「へえ……」
 ケルンテンのハイネイルは、どういうわけか他国のそれとは違う独特の言葉遣いをする。それがレヴィルの話し方には聞いて取れず、不思議に思っていたのだがそういうことか。
「国王のいなくなった混乱期にカサンドラを抜けてきたらしいけど、十年前の戦争での功績のおかげでか、それが今じゃ大臣閣下であらせられる。俺たちの恋路にとっては高い壁だよ。二人の愛を強固にするための存在、だけどな」
「フリスくん、相変わらず前向きね」
「本当は臆病なんだけどね。君の前だとついつい強がってしまうのさ」
「一言前の自分の台詞を思い出してから言ってね」
「記憶は君との思い出で常に塗り替えていきたいね。どうだい、あの菓子職人が新作を出したところなんだ。君の淹れた紅茶に添えられるために生まれた傑作、と俺なんかは思っているんだけどね」
「あら、おごってくれるのかしら。でもセラフィマちゃんに悪いわよ」
「なに、セラフィマは俺のことを疑ったりはしないさ。二人の間には、それだけ確かな絆がある。それは君が美しいことと同じくらい確実なことさ」
「ふふふ、妬けちゃうわね。まあいいわ、行きましょう」
 フリストフォールにエスコートされながら、ミルシェは来た道を戻る。後ろを振り返り、「また来るね、パパ、ママ」と両親に告げると、空からはまた雪が降り始めていた。

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第九章 「追憶」_02 

「で、なんでこの子がいるわけ?」
「と言われましても……」
 この森を歩くのは何度目だっただろうか。鬱蒼と生い茂る原生林は、月の雨によって刻々と姿を変える。そうは言っても、数日程度ではたいした変化は起こらないだろう。先ほどまで降っていた月の雨の影響か、あの気味の悪い現象、木々が脈動する姿が散見され、その度に嫌な気分が頭をもたげてくる。
 鎖の大地で月の鎖を解放した影響はまだ見られるはずもなく、コバスナ大森林は未だモンスターの跋扈する危険な場所だった。
「カペルくんにお願いしたら二つ返事で受けてくれたんですよ。ねえ、カペルくん」
「まあ僕らもハルギータに向かうところだったし、ファイーナさんもそのための護衛を捜しているみたいだったから」
「そういうことなんです」
 言いながら妙に強い力でファイーナに腕を引かれると、太い根の張りだした大地に足を取られてカペルはよろめいた。何やら柔らかな感触にその腕を抱きすくめられなければ転けていたところだった。
「別にそれは構わないんだけど……ってなんで抱きついてるのよ! カペル、離れなさいよ!」
「僕にその自由はないようです……」
 嬉しい感触とアーヤさんのお怒りを天秤にかけ、ここは離れた方がと思わないでもなかったが、ファイーナを無理にふりほどくわけにもいかず、そもそも身動きの取れないほど固められた腕を動かす自由はカペルにはない。
「カペルくんに感謝してるだけなんだから別にいいでしょ」
「だから、それでなんで抱きつく必要があるのよ! ちょっと、は、離れなさいよ!」
 その固められた腕を無理矢理引き抜こうとするアーヤの力も並大抵ではない。腕を引き裂かれそうな痛みに叫び声を上げたいのを何とかこらえ、「ちょ、二人とも、止め――」
 苔に足を取られてカペルが転ぶ。引きずられるようにファイーナとアーヤも転んだ。「いてて」とカペルが腰をさすっているうちに二人はすでに立ち上がり、角を突き合わせ始めている。
 カペルは這々の体で逃げ出した。
「あんたも大変だねぇ」
「ははは……」
 ドミニカにそう言われても苦笑いを浮かべるしかない。その横にいたエドアルドとヴィーカにも肩をすくめられてしまった。
「もう何が何やら……」
 最後尾に二人を残し、カペルはドミニカたちにまぎれて隠れるように歩くことにした。
 先頭はルカとロカ、それにレイムを乗せたグスタフだ。子供たちと談笑しながら道案内をしてくれているのはコマチだった。その後ろをソレンスタムとキリヤの師弟が何やら話しながら歩き、ユージンとトウマが続く。これだけの大所帯で歩いていれば、モンスターもそうそうには近づいてこないだろう。
 後ろからの騒がしい声音は聞こえないことにして進んでいると、トウマがするすると近づいてきて言った。
「カペル、止めた方が良いのではないか?」
「あんたも色恋沙汰に気を回したりするんだね」と驚いてみせたドミニカに、トウマは「いや」と言いながら後ろの二人に視線を向ける。
「あまり騒いではモンスター共に居場所を教えるようなもの。それにこのあたりはドロゴ族の縄張りだ。囲まれては面倒なことになる」
「ああ、そういうことかい」
「それに……」
「それに?」
「オルトロスに見つかってはやっかいだ」
「倒したんじゃなかったのかい?」
 キリヤの庵からケルンテンへと急ぐ途中、巨大なモンスターに襲われたのをカペルは思い出した。トウマがコバスナの主と言っていたあれのことか。
「いや、コマチと二人では到底倒しようもない。あれはコバスナの主のようなもの。我々からうかつに手を出してはならぬ相手よ。そうスバル陛下も仰っていた」
「ふーん。そいつは一度、サシで手合わせ願いたいねぇ」
 にやりと笑うドミニカの顔を見遣り、この人は全く……、と呆れるしかないカペルをよそに、トウマは思案顔で言った。
「……いずれにせよ、目立つ行動は控えた方がいい。モンスターだけではない。我々は封印軍にも狙われる身だからな」
「まあ、それはそうだね」
 封印軍に狙われている。
 町中で襲われたり、野営中を狙われたりしたことはまだない。だが、そういう攻撃があってもおかしくないのは、考えてみたら当たり前だ。封印軍からしてみれば、月の鎖を解放する光の英雄がいなくなれば、解放軍なんてどうということのない相手となる。
(もし狙われるとしたら、まずは僕か……)
 背中が冷たくなる事実に唾を一つ飲み込み、トウマがそういう発想をするというのは、やはり諜報機関である“影”の頭領であるからかとその顔を伺う。
「そんな顔をするな、カペル。そなたは我らが守り通してみせよう」
 にこりと笑うトウマに乾いた笑いで答えたカペルは、嫌が上でも理解させられてしまう自分の置かれた立場を再確認し、それならば単独行動は絶対に控えようと心に誓った。
 その危険の理解は同時に、ケルンテンに残してきたミルシェのことを思い出させた。
「シグムント様を追って飛び出してきちゃったから、整理しなきゃいけないことがあるの。すぐに追いかけるから、カペルくんたちは先にハルギータへ行っててね」
 そう言ったミルシェのどこか寂しげな笑顔を心に浮かべたカペルだったが、後ろから聞こえてきたファイーナとアーヤの声に、それは押し流されてしまった。

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第九章 「追憶」_01 

 後ろで薪が爆ぜたのが、音でわかった。
 外は雪。
 風のないケルンテンの街に降り続ける白い結晶は、その舞う速度と同じように、ゆっくり、ゆっくりとこの世界を芯から凍てつかせていく。音は雪に溶けたのか、二重になった窓の向こう側は妙に静かだ。それはこの街の肌を刺すような空気を思い出させるに十分だったが、今は厚い壁と暖炉の火が、その寒さからカペルたちを守っていた。
「……ふむ、なるほどな」
 鎖の台地での戦いを終え、とりあえずと宿に戻る。混乱の余韻が街全体に残ってはいたものの、ケルンテンに満ちる冷気が、すでにそれをぬぐい去りつつあった。
 エドアルドが壊してしまった部屋はもう使えなかったので別の部屋に案内された。主人はケルンテンで暴れた漆黒の騎士がエドアルドだとは思っていないようだったので、ユージンさんは部屋の修繕費分のいろをつけて宿代を支払い、彼のことは黙っていた。心苦しい気分はあったが、ひとまずは、と言うことで。
 だが、それでは済まないこともある。カペルにはやらなければならないことがあった。
 月の鎖を斬るどさくさに告白してしまった、自分の素性。
 新月の民であるという事実。それは思いのほかすんなりと受け入れられて、今までの杞憂は多少卑屈になっていたのかもしれないとも思えたのだが、積み重なって固まった心の澱がすべて拭われるはずもない。ただ、それもいつかは消し去ることが出来るかもしれない。そうも思えることでも進歩だと今は思える。
 だが、それでも嘘は積み重なっていた。どこかに綻びが生じれば、積み重なったそれらは、連鎖するように告白するしかなくなってしまう。
 光の英雄シグムントの最期。
 彼の幼なじみであるトウマに、話さないわけにはいかなかった。
「薄々は……薄々は気づいていたのだ。わからないはずはなかろう。あの者とは幼き頃よりの友。だが、認めたくなかったのかもしれぬ……覚悟はしていたつもりだったのだが」
 伏し目がちに言ったトウマが顔を上げる。まだ幼さを感じさせる輪郭とは逆の、深みのある金色の瞳が銀髪の向こうからカペルを見つめていた。心配とは裏腹に、そこには怒りや戸惑いよりも色濃く、ただ悲しみだけが暖炉の火と一緒に揺れている。やり場のない感情を散らすように、トウマはいつも頭につけているお面にそっと手を伸ばした。
「……」
 手に持った面を撫でながら、トウマは言った。
「それに、カペル、そなたの傍にはユージンがいた。ユージンが何も言わぬのは何かしらの理由があってのことだろうと思った。だから何も言わなかった。それも……恐れていたのやもしれぬな」
 後ろめたい気持ちもあったのだろうか。カペルの隣で、ユージンが「トウマ……」と呟いた。
「そうか、あいつがな……。はは、殺しても死なぬような顔をしておいて、真っ先に逝くか。あいつはいつも先頭を行く……」
 責めるような口調でシグムントを悼むその姿に、かけられる言葉などない。代わりに生かされた自分、という立場を再確認し、シグムントの大きな背中を思い出すと、自責の念がため息を漏らす場所さえ押し潰してしまう。
 こちらの内心を見透かしてか、トウマは軽く笑いながら言ってくれた。
「そう堅くならずとも良い。しかし、あのシグムントが自分の役割を他人に託すとはな……。その容姿といい、あの鎖を斬れることといい、そなた、いったい何者だ?」
「ただのフルート吹きですよ」
 冗談めかして答えたカペルににこりと答えるトウマ。年下ではあるが身分的には格上。話し方や雰囲気にも相応の貫禄があり、何より相手はハイネイル、目上の人という無意識の理解と見た目のギャップが、何となく痒くもあった。
「やはり違うな、そなたとシグムントでは」
 その一言で少しばかり重かった部屋の空気もいくらか楽になり、カペルも、隣にいたユージンも一つ息をつくことが出来た。それに合わせたように薪がまた爆ぜ、部屋の温度を少し上げる。
「その、シグムント様のことなんだが」
 壁にもたれかかり、カペルとトウマの話を聞いていたエドアルドが言った。
「思い出したことがある。ヴェスプレームの塔から離脱する前に、封印騎士は言っていた。レオニードを『すぐに救いに行かねば』とな」
「えっ?」
「カペル、お前は言っていたな。シグムント様は何か別の世界に引き込まれるようにして消えた、と」
「うん」
「ならこう考えられないか? シグムント様はその別の世界で今も生きている。レオニードもな。そして、封印騎士の連中はそこがどこなのかを知っている」
「じゃあシグムント様を救うこともできるっていうこと!?」
 アーヤが言った。暖炉の火を移した青い瞳には混乱と期待が見て取れる。だがそれは、メガネを指で押し戻しながら言ったユージンの一言に消えてしまった。
「だけど、僕たちは知らない。それがどこなのか。どうやって行くのか」
「それは」
「助けに行くことはできない。助けに行くわけにもね。今は月の雨とリバスネイルの問題もある。月の雨と鎖に関連があるのなら、僕らは一刻も早くその鎖を断ち切らねばならないんだ」
「ユージンさん……」
「今はあいつが生きているかもしれないという希望だけで十分さ。それに……、戻ってきたときには、この戦いも終わっていたほうがいい」
 ユージンがミルシェを見遣る。それでカペルは思い出した。シグムントが吐血していたことを。その病の手は、命に届く。
 風が強く吹いたのか、二重になった窓がぶるりと震える。一同が一瞬沈黙したのもつかの間、それを払うようにトウマが言った。
「しかし新月の民であることまで同じとは、不思議なものだな」
 その一言に「へっ?」と間の抜けた声を出したのはカペル、「えっ?」と口を押さえたのはアーヤだ。
「ん、知らなかったのか? シグムントもまた、そなたと同じ新月の民だったのだ」
「……ええっと、ユージンさん?」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ! ってあれ? シグムントさん、ブルガスで儀式を受けてませんでしたっけ?」
「新月の日に生まれたというわけではなかったらしい。儀式を受けさせなかった理由はわからないけど、スバル陛下のご意向だったみたいだから。何か深いわけでもあったんだろうけど」
「…………」
 呆気にとられながらもシグムントの戦いぶりを思い出す。少なくとも最初の封印騎士を倒したときは月印の力を使っていなかったわけだ。いったい何をどうしたらそこまで強くなれるのか。そう考えると言葉もない。
 あの強かったシグムントが新月の民であったという事実は、カペルがそうであることよりも驚きが大きいらしく、エドもアーヤも声を失っている。
「まあそれは横に置くとしてだ。事情は理解した。これからも同様に協力させてもらおう。宜しく頼むぞ、カペル」
「あ……はい」
「共に、世界を」
 にこりと笑ったトウマに曖昧に頷き、差し出された手を握る。だがそれよりも、驚きを通り越した事実が熱となって心に染みていく感触を、カペルは噛みしめていた。
 シグムントさんも、僕と同じ新月の民だった……。
「それじゃあ、今後のことだけど」
 と、ユージンが固まっていたみんなを促そうとした時、ガチャリと音を立てて部屋のドアが開いた。
「ちーっす、ってあれ? 取り込み中だった?」
 入ってきたのはヴィーカだ。
 封印騎士ヘルドの戦いに巻き込まれ、目の前で兄を失うことになってしまった怒りや悲しみも、誰かにぶつけるでもなく、泣くだけ泣いてしまえば飲み込んでみせるのがヴィーカの強さだ。赤かった目も元に戻り、そのままふらりとどこかに外出していたかと思えば、けろりとした顔で戻ってくる。
「おかえり、ヴィーカ。ちょうど今後のことを決めようとしていたところだよ」
「そのことなんだけどさ。とりあえずケルンテンは早めに離れた方がいいと思うぜ。その……」
 急に言葉を濁したヴィーカがばつの悪そうな顔でちらりと横を見る。暖炉の湧きに立っていたエドアルドと視線が合うとそれをそらし、「あの……」とらしくもない態度をとり続けていると、見かねたエドアルドが「どうした?」と先を促した。
「エドアルドの大剣ってほら、目立つだろ? リバスネイル化してた時に見て覚えてるって人が意外と多くてさ。それで、ほら、解放軍ってのも目立つ存在だろ。噂ってのは根拠なんて無くても広がるもんだし、それで」
「ようするに、俺が暴れたせいでケルンテンに長居するわけにはいかないってことか」
「で、でも、思ってたよりも被害は小さかったみたいなんだ。蜘蛛の被害も警備の連中が頑張ってくれてたみたいでそれほどでもなかったし、そもそもエドアルドはカペルの兄貴とやりあってたのがほとんどで人に被害を出してたわけじゃ」
「わかってるさ。自分のやってしまったことも、みんなに迷惑をかけているということも。その借りは、今後の働きで返したいと思っている」
「あ……」
 エドアルドを気遣ってくれている気持ちが嬉しくて、カペルはヴィーカの代わりに言葉を継いだ。
「そうそう。エドにはこれから頑張ってもらうからね。僕が楽するために……いてっ」
「そんなこと言ったら、あんたはシグムント様の代わりなんだからね。全然がんばりが足りないんだから」
 と後ろから頭を小突いてきたのはアーヤだ。痛いところをついてくるのも、悪意の無さも、いつもの彼女のそれだった。
「じゃあ、とにかくいったんハルギータに戻ろう」
「そうだね、月の雨とリバスネイルの件も、スバル様に報告しなければならないしね」
 ユージンがそういう横で、カペルはハルギータの女皇スバルの顔を思い出していた。彼女にもまた、シグムントのことを話さなければならない。そう思うと気が重かった。

【小説インフィニットアンディスカバリー】
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テーマ: 二次創作:小説

ジャンル: 小説・文学

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